Arendt,Hannah 1951→1981 『全体主義の起源Ⅰ~Ⅲ』
※1:第Ⅲ分冊まで入れると人生で読んだ本の中でトップ20に入るくらいのクソ分量になるので、ⅠとⅡは軽く概念整理程度に留めて、カール・ヤスパース大先輩のアドバイス通りⅢを深く掘り下げる、ざっくりおさらい読書メモにします。
※2:第Ⅲ分冊まで日本語版で買うとクソ高いので、所持してないⅠ・Ⅱ部は英語版"The Origin of Totalitarianism"(1973年版)を読解します。なお英語版の執筆者はアーレント本人であり(実は独語版の方が英語版より後に出版されている)、ネイティブじゃないためクソ拙い英語です。ざっくりメモとはいえ骨が折れます。
前提知識
〇本書はⅢ部構成。
→Ⅰ部は「反ユダヤ主義(Antisemitism)」、Ⅱ部は「帝国主義(Imperialism)」についての考察で、Ⅲ部にきてようやく「全体主義(Totalitarianism)」が主題となる。
〇往々にして本書は非体系性が指摘されるが、この3つのテーマは互いに連続しており、反ユダヤ主義と帝国主義がユダヤ人問題の「最終解決」手段としてあらわれた全体主義へ収斂ないしは結晶していく歴史的過程が全体を通して論じられている。
〇1951年初版だが、55年の独語版、58年の英語第2版には大幅な加筆修正がなされており、特に第Ⅲ部の最後に付け足された「イデオロギーとテロル(Ideology and Terror)」という論文は全体を統合する重要な章になっている。こうした事情に加えてヤスパースのアドバイスもあり、第Ⅲ部から始めるのが定番の読み方となっている。
→本稿も「イデオロギーとテロル」の読解を中心に行い、他の箇所は(かなり)駆け足で整理する。
〇全体主義の「起源(origin)」と銘打っているが、晩年のアーレントは、本書は起源について論じてはいない・少なくとも中心的に扱ってはないと回顧している(某先生談)。
→むしろ全体主義が成立した歴史的な前景を明らかにした論考として評価されている。
第Ⅰ部 反ユダヤ主義
※下線・太線による強調は引用者によるもの
【ユダヤ人の果たした歴史的役割と排斥】
「多くの人はナチスのイデオロギーが反ユダヤ主義を中心にめぐっていたこと、ナチスの政策が一環して非妥協的にユダヤ人の迫害を意図してついにはその根絶にまでいたったことは一つの偶然だと考えている。今日のわれわれにとって「ユダヤ人問題」がかくも重要な日々の政治問題となったのは、最終的な破局の恐怖、さらには生き残った者たちが故郷を失い根なし草になったからであり、ナチスが自分たちの主要な発見であり主要な関心ごとであると主張していたこと――国際政治におけるユダヤ人の役割と世界中のユダヤ人の迫害――は大衆の支持を獲得するための口実か、あるいはデマゴギーの興味深い手段だと世論は考えている。」p.3
「ヨーロッパの福祉国家の衰退と同時に反ユダヤ主義運動が興隆したこと、国民に基づいて組織されたヨーロッパの崩壊とユダヤ人の絶滅が同時に起きたこと、……このことは反ユダヤ主義の源泉を示すものとして真剣に受け止められなければならないし。近代の反ユダヤ主義は国民国家の発展のより一般的な枠組みの中で考察されねばならないし、同時にその源泉はユダヤ人の歴史の一定の局面、とりわけ19世紀の間ユダヤ人が果たした役割のうちに求められなければならない。」p.9
【ロスチャイルド家の中欧・西欧における台頭】
「ロスチャイルド家の国際的金融支配の確立は、他のユダヤ人金融業者やユダヤ人の国家事業の構造を転換する。彼らの資金はロスチャイルド家のネットワークに組織され集中され、個人金融業者によっては賄いきれない国家事業への資金提供がロスチャイルド家への資金集中によって可能となる。これによって中央ヨーロッパならびに西ヨーロッパのユダヤ人の国際的な連繋と一体性の基礎がつくられることになった。」p.27
「しばしば忘れられていることだが、反ユダヤ感情が政治的な重要性を獲得するのは、主要な政治問題と結びついた時、あるいはユダヤ人が社会の主要な階級と対立した時だけであるのは明らかである、近代の反ユダヤ主義、中央ヨーロッパや西ヨーロッパでわれわれが知っている反ユダヤ主義は、経済的というよりは政治的な原因に基づいている。これに対してポーランドやルーマニアの複雑な階級状況は民衆による暴力的なユダヤ人憎悪を生み出しただけであった。」pp.28-29
「西欧と中欧の社会と国家の両義的な条件の下でユダヤ人が教養を身につけ、世俗化し同化していった時、彼らは自分たちの出自に含まれていた政治的責任という慎みを失っていた。ユダヤの名望家たちは特権や支配という形ではあれ、まだそれを感じていたのである。ユダヤ人であるという出自は、宗教や政治的な含意がなければどこでも単なる心理的資質に転化してしまい、それ以降はただ徳(virtue)か悪徳(vice)の範疇でしか考えられなくなるのである。「ユダヤ人であること」を罪とみるような偏見がなければ、それは興味深い悪徳に堕落することはなかったとしても、そうした堕落を可能にしたのはこれを生得的な徳だと考えたユダヤ人自身であったというのもまた真実なのである。」p.83
【ドレフュス事件の歴史的意義】
「世紀末社交界でのユダヤ人の役割についての要点は、社交界をしてユダヤ人に門戸を開かせたものはドレフュス事件の反ユダヤ主義だったということであり、ドレフュスの無罪の発見は、彼らの社会的な栄光の終わりを意味したということである。」p.86
※ドレフュス事件についての解説……「世界史の窓:ドレフュス事件」
「ドレフュス事件がその広い政治的局面において20世紀に属するとすれば、ドレフュス裁判、アルフレッド・ドレフュス大尉の関連訴訟事件は19世紀の典型的事件である。というのも人がその法的手続きを厳しく追及するのは、いずれの訴訟の段階でも試されていたのが法の前の完全な平等というこの世紀最大の成果だったからである。」p.91
【モッブ(mob)の登場】
「人民がすべての偉大な革命において真の代表(representation)を求めて戦うのに対して、モッブはつねに「強い男」、「偉大なリーダー」を請い求める。モッブは自分たちが排除された社会を憎み、自分たちが代表されない議会も憎む。それゆえモッブに依拠しようとする政治家たちは人民投票、近代モッブのリーダーたちにあのような抜きんでた成功を収めさせることになった人民投票というおなじみの着想に行きつくことになる。」p.107
「ドレフュス事件で人が戸惑うのは、議会外で活動せねばならなかったのはモッブだけではないということである。議会、民主主義、そして共和制を擁護しようとするすべての少数派は、その戦いを議会の外で遂行せざるを得なかったのである。モッブとその他の少数派との違いは、一方が街頭が利用し、他方が法廷を利用したということに過ぎない。言い換えれば、ドレフュス事件がもたらした危機の間のフランスの政治生活全体は議会の外で行われたのである。」p.115
【第Ⅰ部まとめ】
〇17~18世紀の絶対王政から国民国家への移行中、富を有していたユダヤ人は軽蔑の対象となる。
→その軽蔑が顕在化したのが19世紀。
〇実際にナチスが反ユダヤ主義において黒幕扱いしたように、国境を越えたユダヤ人による協調関係を可能にしたロスチャイルド家の存在がユダヤ陰謀論を生み出すことになる。
〇ドレフュスの冤罪の背景にはロスチャイルド家を筆頭としたユダヤ人金融家に対する憎悪があった。
→「あらゆる階級の残滓を代表する集団」であるモッブは主に議会の外で活動し、こうしたユダヤ人に対する嫌悪を増幅した。
※モッブは今風にいえば「モブキャラ」の"mob"。「あらゆる社会の階層から構成される人民(people)」や、第Ⅲ部において全体主義運動の担い手となる大衆(mass)とは一線を画する概念で、人民が社会階層に準拠して区別されるのに対し/モッブは政治的活動に準拠してカテゴライズされる。
第Ⅱ部 帝国主義
※下線・太線による強調は引用者によるもの
【ブルジョワジーと帝国主義】
「帝国主義時代におけるヨーロッパ内での中心的出来事はブルジョワジーの政治的解放である。彼らはそれまでは政治的支配への野心を持たずに経済的な優位を達成した史上最初の階級であった。国民国家は定義上からしても階級に分かれた社会から超然としてこれを支配するのだが、ブルジョワジーは国家の内部で国家と手を携えて発展していった。支配階級としての地位を確立した後もにも彼らはすべての政治的決定を国家にゆだねていた。国民国家が資本主義経済のさらなる発展の枠組みとして不適であることが明らかになって初めて、国家と社会の潜在的な闘争は公然たる権力闘争となる。帝国主義の機関には国家もブルジョワジーも決定的な勝利を得ることはなかった。国民的な諸制度は帝国主義者の野望の残忍さと誇大妄想に抵抗していたし、国家とその暴力装置を自らの経済的目的に利用しようとするブルジョワジーの試みはいつでも半ばしか成功しなかった。ドイツのブルジョワジーがヒトラーの運動にすべてを賭け、モッブの手を借りて支配権を握ろうとしたときに状況は変化したが、それはあまりに遅すぎた。ブルジョワジーは国民国家を破壊することに成功したが、それはピュロスの勝利であった。」pp.123-124
「節制と混乱、帝国主義的拡張に一貫して反対した政治家たちへの報いはこれであった。例えばビスマルクは1871年の講和の際に、アルザス・ロレーヌの代わりに海外アフリカ領土を差し出そうというフランスの提案を拒否し、その20年後にはウガンダ、ザンジバル、ウィトゥランドをイギリスに差し出して、ヘリゴランド島を獲得している――これは2つの王国をふろおけと交換するようなものだとドイツの帝国主義者は評したが、まんざら不当でもない。クレマンソーも89年代にフランスの帝国主義政党がイギリスのエジプト支配に抵抗して軍を遠征させよと要求したのに反対し、その30年後には仏英同盟のためにエジプトのモスル油田をイギリスに譲り渡している。」p.125
【帝国主義の発生とブルジョワジー/モッブの南アフリカにおける結託】
「帝国主義者が本当に望んだのは政治体を設立することなしに政治権力を拡張することであった。帝国主義的拡張を引き起こす原因となったのは奇妙な形の経済的危機、すなわち資本の過剰生産と「余剰」貨幣の登場であった。過剰な貯蓄の結果、もはや国内では生産的な投資先を見出すことができなくなったのである。ここではじめて権力の投入(investment)が貨幣の投資の道を均すのではなく、貨幣輸出の隊列の後に権力の輸出が追随することになる。」p.135
「貨幣輸出と外国投資それ自体は帝国主義ではないし、必然的に政策としての拡張に導くわけではない。余剰資本の所有者が「彼らの財産の大部分を土地の上に」投資することに甘んじている限りは、かりにこの傾向が「これまであらゆる伝統的なナショナリズムと正面から対立する」ものであったとしても、それは自分たちが寄生している国民的政治体から切り離されているということを確認するにすぎない。自分たちの投資に対する政府の保護を要求するようになってはじめて、彼らは国民の生活に再加入するのである。」p.149
「とりわけ皮肉だったのは、そして南アフリカが「帝国主義の文化的発祥地」へと予想せざる発展を遂げる事情を象徴的に示しているのは、まさにそれが本来の帝国にとってのあらゆる価値を喪失した時に突然に人々を惹きつけるようになった魅力の原因である。[…]それ以降、途方もない資本蓄積が産み落としたモッブは、その産みの親に伴われて冒険の旅に出る。そこで発見されたのは新たな投資の可能性に他ならない。世界の隅々からやってくる余剰な人間を使いこなせるのは余剰な富の所有者だけであった。彼らが一緒になって建設するのは寄生虫たちの最初の楽園であり、彼らの吸う生き血は金でできている。余剰な資金と余計な人間の生み出した帝国主義は、もっとも余計で非現実的な財産の生産からその驚くべき経歴をはじめたのである。」p.151
「もしわれわれがホッブズの無限の権力蓄積の過程のとりこになっていることが証明されるとすれば、モッブの組織は不可避的に人種への変形という形をとるだろう。というのも蓄積のための蓄積という社会の条件の下では、個人を結ぶそれ以外のいかなる紐帯も存在しないからである。人種主義は西洋世界を破滅へと向かわせるだろう。[…]人種というのは、政治的に言って、人間性の始まりではなくその終焉であり、民族の起源ではなくその腐朽であり、人間の自然な誕生ではなくその不自然な死だからである。」p.157
【人種主義】
「近代人の精神を支配しようとする人種思想(race-thinking)と階級思想との間の巨大な競争を目の当たりにして、人は人種思想が国民的潮流の、階級思想が国際的潮流の表現であり、前者は国家間の戦争を、後者は内戦をもたらすものだと見なしたくなる。そうした発想が可能だったのは、第一次世界大戦が古い国民的紛争と新しい帝国主義的紛争との奇妙な混合物であったからである。[…]だが第二次世界大戦はいたるところに傀儡政権と「対独協力者」を生み出して、人種主義もあらゆる国で内戦を引き起こしうること、内戦を準備するために考案された最も高名な手段であることを証明した。」p.161
「共通の種族的起源が国民本質的要件であるというこの主張は1841年の戦争中及び戦後にドイツのナショナリストが定式化したものだが、ロマン主義者たちによって生得的な人格や生来の高貴性が強調されて、ドイツにおける人種思想の道を知的に準備したのである、共通的起源の主張からは自然法則をともなう有機体的歴史の教義が生まれ、生得的な人格の高貴性の主張は世紀末にはこの世界を支配する生まれながらの使命を授けられた超人というグロテスクな怪物(homunculus)を生み出すことになった。」p.170
【帝国主義支配の2つの装置――人種と官僚制】
「帝国主義の最初の数十年の間に二つの新たな装置が政治組織と外国の民衆を支配するために見出された。一つは政治体の原理としての人種であり、今一つは外国支配の原理としての官僚制である。国民の代替物としての人種がなければ、アフリカ争奪戦と投資熱はゴールド・ラッシュにつきものの無目的な「死と貿易の舞踊」に終わっただろうし、政府の代替物としての官僚制なくしてはイギリスのインド所有はバークのいう「インドの無法者たち」の向う見ずに委ねられたままで、時代全体の政治的雰囲気を変えることはなかっただろう、」p.185
「その(=人種主義の)基礎、あるいはその釈明は、それ自体としては経験、想像を超え理解を超えた恐ろしい経験に基づいていた。実際、彼らは人間ではないと単純に宣言したくなる。しかしながら、あらゆるイデオロギー的説明にもかかわらず、黒人たちは自分たちが人間としての特徴を頑強に主張し続けたので、『白人』は自分たちの人間性を再考せざるを得ず、自分たちは人間以上の存在で黒人にとっての神々となるべく神に選ばれたのだと考えることにしたのである。野蛮人との共通のきずなを根本的に否定しようとすれば、この結論は不可避であった。」p.195
「プーア人たちが他の外国人より憎み恐れたのは金融家であった。金融家が余剰資本と余剰人員との結合においてカギとなる存在であること、本質的に一時的な金鉱掘りをより広く恒久的なビジネスに結び付けるのがその役割であることを彼らはともかく理解していた。そのうえ、イギリスとの戦争はほどなくより決定的な側面を明らかにする。戦争を促進したのは外国の投資家であって、彼らが遠く離れた国々での膨大な利潤のを守ることを事の成り行きとして政府に要求したのはまったく明らかであった。[…]金融家たちのほとんどはユダヤ人であり、彼らは余剰資本の本当の所有者ではなくその代表者に過ぎず、この投機と博打に政治的目的と暴力とを導入するだけの政治的影響力も経済力も持たなかったのである。」p.200
「帝国主義支配の2つの装置のうち、人種は南アフリカで発見され、官僚制はアルジェリア、エジプト、インドで発見された。前者はもともとは、ヨーロッパ人にとってはその人間性が恥辱や恐れを抱かせるような部族と出会ったことによる無意識の反応であるのに対して、後者は、絶望的に劣っていて彼らの特別の保護を必要と感じさせるような外国の民衆をヨーロッパ人が統治しようとする行政の結果であった。」p.207
【汎民族運動としての種族的ナショナリズム】
「心理的な点でいえば、最も暴力的なショーヴィニズムであってもこの種族的ナショナリズムとは異なっている。ショーヴィニズムが外向的で、目に見える精神的・物質的な国民的達成に向けられるのに対して、種族的ナショナリズムは、その最も穏健な形態においても、内向的で、個人それ自体の魂に関心が集中していて、その魂こそが一般的国民的資質を体現しているとされる。神秘主義的なショーヴィニストでさえ、なお現実に過去に存在していた事物を志向していて、それを人間の統制下に置こうとしていただけであったのに対して、種族的ナショナリズムは現実には存在しない似非神秘主義的な要素から出発して、これを将来に完全に実現しようとするのである。」pp.226-227
「海外帝国主義が他民族に対する相対的優越、国民的使命、「白人の重荷」といった観念で満足するのに対して、汎民族運動は絶対的な選民性の主張から出発する。ナショナリズムはしばしば宗教の感情的な代替物といわれるが、汎民族運動の種族主義が新たな宗教理論と聖なるものの新たな観念を提供したのである。」pp.232-233
「汎民族運動の反ユダヤ主義をあれほどまでに効果的にして、第一次大戦勃発前のあの欺瞞的な平安の時期に反ユダヤ主義プロパカンダが一般的に退潮する中で生き残ることを可能たらしめたのは、東ヨーロッパの種族的ナショナリズムとの融合であった。というのも汎民族運動の民族についての理論と、根を持たないユダヤ民族の存在には親和性があったからである。」p.239
「狂信的な汎民族運動がそのイデオロギーの標的にユダヤ人を据えることを思いついたことによってヨーロッパのユダヤ人の終焉は始まったのだが、それは歴史がもたらした最も論理的かつ苦い復讐の一つであった。というのもユダヤの選民思想、宗教と民族を同一視して、自分たちは歴史における絶対的な地位を占めている神に選ばれた存在なのだという彼らの主張が西洋文明にもともとなかった狂信主義の要素を持ち込むとともに、他方では人種的な逸脱に危険なほど近い高慢な要素を持ち込むことになったのだ、というヴォルテールからルナンやテーヌにいたるまで繰り返されてきた「啓蒙的」な主張には幾分かの心理がもとより存在していたからである。」p.242
「講和条約によって作り出された最初の故郷喪失者(apatrides)」はそのほとんどが継承国家からやってきたユダヤ人であった。彼らはその故郷の新しい少数者保護の下に置かれることができないか、あるいは置かれることを望まなかった。ドイツがドイツ・ユダヤ人を強制的に移民や無国籍者にする以前から、彼らは無国籍者のかなりの部分を占めていた。ヒトラーがドイツ・ユダヤ人の迫害に成功してから数年のうちに、マイノリティを抱えるすべての国は彼らの国外追放を考え始めたし、その際まず初めに着手する相手が「抜きんでたマイノリティ」、いまや嘲笑の対象であるマイノリティのシステム以外に何の保護も受けられない民族だったのは自然なことだった。」p.286
「いかなる文明であれ、おそろしい危険はもはや外からやってくるのではない。自然は支配されて、もはや野蛮人が彼らの理解できない者を破壊するという脅威は、数世紀にわたってモンゴル人がヨーロッパを脅かしたような脅威は存在しない。全体主義統治の出現も我々の文明の外からではなく、内部から生まれた現象なのである。」p.298
【第Ⅱ部まとめ】
〇帝国主義を生み出したのはブルジョワジーが所持する余剰資本に基づく政治的権力掌握の欲望。
①ブルジョワジーが余剰資本を南アフリカに投資する
②南アフリカにてモッブがブルジョワジーによって雇用される(モッブとブルジョワジーの結託)
③モッブを組織するための手段として人種的な結束が求められる
④南アフリカが帝国主義の文化的発祥地となる
〇帝国主義の2つの装置
[a]人種……政治体の原理/対内的―黒人に対する白人の絶対的優位性を保証
[b]官僚制……支配的な原理/対外的―西洋人の統治の正当化
〇汎民族運動としての種族的ナショナリズムの成立。
→ラディカルなショーヴィニズムでさえ現実の出来事に目を向けるのに対し/種族的ナショナリズムは似非神秘主義的で、架空の出来事に基づく。絶対的な選民思想との結びつき。
〇ゲルマン人による種族的ナショナリズムが反ユダヤ主義と結合した時、ユダヤ人大量虐殺の運命は決まった。
→ユダヤ人が従来唱えてきた選民思想に対する徹底的な復讐とも考えることができる。
【メモ】
〇Ⅱ部はかなりアクチュアルな議論が展開されている。特に種族的ナショナリズムに関する考察は、日本のレイシズムや白人至上主義を考えるうえで非常に示唆的。
→彼らは「神話」や「疑似科学」といった非現実的要素によって排斥を正当化する傾向があり、したがって単なるショーヴィニズムとは一線を画している。
第Ⅲ部 全体主義
※下線・太線による強調は引用者によるもの
【大衆(mass)の登場】
「大衆という言葉が当てはまるのは、単に数の多さや無関心から、あるいはこの両方が結び付いたために、政党や自治体、職業組織や労働組合などいかなる組織にも共通の利益によって統合することのできない人々のみである。潜在的には大衆はあらゆる国に存在するし、まったく政党には参加せず選挙にもほとんど行かない中立で無関心な多数の人々の大部分がそうなのである。」p.305
「階級社会の崩壊というこの雰囲気の中でヨーロッパの大衆的人間(mass man)の心理は発展してきた。大衆の一人一人に降りかかる運命は単調で空疎なほど画一化されているという事実は、彼らが自分自身の運命を個人的な失敗と考えたり、世界を特別に防いだと考えることを妨げるものではない。しかしながら、そうした自己中心的な酷薄さは、個人的な孤立(isolation)のなかで繰り返されるのだが、個人個人の違いを根絶するその傾向にもかかわらず共通の絆とはならない。というのもそれは経済的であれ社会的であれ政治的であれ、なんら共通の利益に基づいていないからである。この場合には自己中心性は自己保存の本能の決定的な弱体化と手を携えて進むことになる。自己など問題ではなく、どうでもよい存在なのだという感情、そうした意味における無我(selflessness)というのは、もはや個人的理想主義の表現ではなく、一つの大衆現象なのである。」p.309
「全体主義運動における行動主義の強調、いかなる形態の政治活動よりもテロリズムを好むこと、これらが知識人エリートもモッブも等しく惹きつけた。そのテロリズムはそれ以前の革命的結社のそれとはまったく違っていたからである。そこにはもはやテロ行為を制作や地位の上に抑圧のシンボルとして目立った特定の人物を排除する手段と考えるような政治的計算はなかった。彼らが惹きつけられたのは、テロリズムが欲求不満、ルサンチマン、盲目的な憎悪を表現する一種の哲学となり、自己表現のために爆弾を用いるような政治的表現主義になったからである。」p.324
「大衆は目に見えるものは何も信じない、自分自身の経験のリアリティを信じないのである。彼らは自分の目と耳を信頼せず、ただ想像力のみを信じる。彼らの想像力は普遍的で一貫している者ならなんでもその虜になりうる。大衆を納得させるのは事実ではないし、でっち上げられた事実でさえない。彼らがその一部となるだろうシステムの一貫性だけを信じるのである。繰り返しの重要性がしばしば過大評価されるのは、大衆が理解能力や記憶力に劣ると一般に信じられているからだが、それが重要なのは繰り返すことで最後にはその一貫性を納得させるからにすぎない。」pp.341-342
※全体主義に不可欠な要素のうち帝国主義―種族的ナショナリズム、反ユダヤ主義はすでに検討された。大衆はその最後の要素であり、したがって本書全体を理解する上で決定的に重要な概念であるため、捕捉として牧野雅彦『精読アレント「全体主義の起源」』(2015)における解説を引用しておく。
〇定義
「政治的に組織されていない巨大な人間の集積、これがさしあたり大衆(マス)の定義である。」 牧野 2015 p.164
〇モッブとの差異
「あらゆる階級から脱落した残滓の集合であったモッブに対し、大衆は、国民国家の基盤としての階級社会そのものの解体、とりわけ大陸に顕著であった階級=政党システムの崩壊によって登場する。」 同上
「全体主義運動のリーダーの多くはモッブから出てくる。大衆それ自身は――原子化してバラバラにされた存在というアレントの定義からして――みずからを組織する能力を持たないからである。」p.171
〇孤立とプロパカンダ
「階級社会の崩壊によって生活の基盤を根こそぎ奪われて「故郷喪失(homelessness)」の状態に置かれ、ばらばらに孤立した大衆の願望、もはや彼らが適応できなくなった世界から逃避する一方で、何らかの一貫した拠り所を求める願望こそが、全体主義のプロパカンダを可能にする前提である。」p.175
【ナチス・プロパカンダと反ユダヤ主義】
「結合されずにバラバラにされた大衆――不幸に見舞われるたびにますます騙されやすくなっている大衆――がそれでもなお理解することのできる現実世界の徴は、いわば現実世界の裂け目、つまり誇張され歪曲された形ではあれ急所を突いているがゆえに誰もあえて公然と議論しようとはしない問題、誰もあえて反論しないような噂である。そうした急所から全体主義のプロパカンダの噂は仮構と現実との間を埋めるのに必要な真実らしさ、現実的な経験を引き出してくるのである。」p.343
「ナチスはユダヤ人問題をプロパカンダの中心に据えたが、その意味するところは、反ユダヤ主義がもはや多数者とは異質な人々についての意見の問題も民族政策の問題でもなく、党員一人一人の個人的実存に関わる切実な問題になったということである。「家系図」に問題がある者は一人として党員にはなれないし、ナチスでの位置が上昇すればするほど血統を昔にさかのぼって証明しなければならなかった。」p.346
【全体主義下の権力機構と疑心暗鬼】
「全体主義体制を理解する上での難点は、彼らが権力政治をとりわけ無慈悲な仕方で行ったことにではなく、その政治の背後に全く新しい、前例のない権力の観念が隠されていることにある。それは彼らの現実政治の背後に先例のない現実の観念があるのと同様である。無慈悲というよりは直接的な結果を全く度外視すること、ナショナリズムというよりはどこにも根付かず国民的な利益を無視すること、自己利益の無思慮な追求ではなく、むしろ功利的動機そのものを軽蔑すること、権力欲ではなく「理想主義」、つまりイデオロギー的に仮構された世界に対する揺らぐことなき信仰なのである――これらすべてが国際政治に新しい要素、たんなる侵略性がもたらす以上の錯乱要因をもちこんだのである。」pp.396-397
「全体主義の下であっても、軍隊が自国の人民を外国の征服者の観点から見ることができるかどうかは疑わしい。だがさらにこの観点でより重要なことは、戦時でも軍隊の価値には疑問が付けられるということである。全体主義的支配者はいずれは世界を統治することを想定しているから、侵略の犠牲者は叛徒として大逆罪で裁かれる。それゆえ軍事力ではなく警察によって占領地を支配する方が好まれるのである。」p.398
「かくして全体主義支配の下では容疑者のカテゴリーは全人口を包括することになる。公式に命令さえ絶えず変更される路線から外れるものは、それがどんな人間活動の領域であろうと容疑者となる。考えるというその能力ゆえに、人間そのものが定義上容疑者となる。考えるという人間の能力は、すなわち心変わりの能力でもあるからである。その上、他人の心を疑問の余地なく知ることなど不可能なので――だから拷問というのは不可能なことを達成しようとする永遠に絶望的な試みなのである――もし何らかの共同の価値や確定的な利益が社会的なリアリティをもつものとして存在しないならば、嫌疑は決して晴れることはない。それゆえ、相互の猜疑心は全体主義国のあらゆる社会関係に浸透して、秘密警察の職務の範囲を超えてその雰囲気はあらゆるところへ広がっていくのである。」p.407
【テロルの帰結――強制収容所】
「全体主義支配が論理的にいきつく制度が強制収容所であるとすれば、全体主義を理解するためには「恐怖について考え続ける」ことが不可欠であるように思える。だがそのためには回顧録も伝達能力に欠けた目撃者の報告以上に役立つわけではない。どちらの場合にも、経験したことから逃れようとする傾向がそこにある。こうした種類の著者たちは、本能的にであれ合理的にであれ、生者の世界と生きながらにして死んでいる者たちの世界とを隔てている深淵をあまりに知りすぎていて、それに関わった本人にも聴衆にも信じられないに違いない記憶を提示することしかできないのである。身をもってそれを体験していないが、そうした報告に感情をかきたてられるもの、つまり獣のような絶望的なテロルからは自由な者のする恐ろしげな想像だけがそうした恐怖について考え続けることができるのだ。本当にそうした恐怖に直面すればたんなる反射的反応以外のすべては麻痺してしまう。そのような思考は政治的な文脈の理解や政治的情熱の動員にしか役に立たない。恐怖について考えたからといって、なにか人格の変化が起こるわけではない。」pp.415-416
「強制収容所の社会というその最終結果は狂気のごとく見えるが、それと比較するならば、人々をこの目的のために準備させたプロセス、これらの条件に個人が適応していったプロセスそのものはいたって透明で論理的である。狂気の死対工場はそれに先行して、生きた死体をつくるという歴史的にも政治的にも理解可能な過程によって準備されたのである。」p.419
「[…]というのも個性を破壊するということは自発性を破壊するということ、自分自身の源泉から何か新しいこと、環境や出来事への反応からは説明できない新しいことを始める力を破壊することである。そこに残されたのは人間の顔をしてはいるが死人のように青ざめた操り人形、まるでパブロフの実験の犬のように、自分が死に向かっているときにも確実な反応を、反射的な反応以外の行動をしない操り人形でしかなかった。」p.426
【第Ⅲ部まとめ】
〇大衆(mass)とは互いに孤立(isolation)した、根なし草のような存在である。
→彼らを扇動するのはプロパカンダが有効な手段であり、それが反ユダヤ主義と結びついた。
〇全体主義における権力機構は対外的な軍隊よりも/対内的な秘密警察を重視する。
→隣人は潜在的な容疑者として扱われ、諸個人の間に猜疑心が生まれる。
〇強制収容所での経験は筆舌に表し難いが、人間性が剥奪されるプロセス自体は非常に簡単なものである。
→徹底した法的人格および道徳的人格の破壊―個性の破壊。
【メモ】
〇Ⅲ部で展開された大衆論には「凡庸な悪」といったアーレントを理解する上での重要なキーワードが詰まっている。
→実際、『イェルサレムのアイヒマン』や『人間の条件』、『暗い時代の人々』といった著作も同様の関心から執筆されているように読める。
〇「孤立(isolation)」の議論初出。
→以下は英語版Ⅲ部4章"Ideology and Terror" における記述。
"While isolation concerns only the political realm of life, loneliness concerns human life as a whole. Totalitarian government like all tyrannies, certainly could not exist without destroying the public realm of life, that is, without destroying, by isolating men, their political capacities." p.475
"All thinking, strictly speaking, is done in solitude and is a dialogue between me and myself with the world of my fellow-man because they are represented in the self with whom I lead the dialogue of thought. The problem of solitude in the self is that this two-in-one needs the others in order to become one again: one unchangeable individual whose identity can never be mistaken for that of any other" p.476
"Loneliness is not solitude. Solitude requires being alone whereas loneliness shows itself most sharply in company with others." p.476
"Solitude can become loneliness; this happens when all by myself I am deserted by my own self." p.476
・Loneliness……社会的な領域における孤立/人間的付き合いそのものからの離脱/全体主義を成立させる上で不可欠な態度/人間のもつ最も根本的で最も絶望的な経験の一つ。
・Isolation ……政治的な領域における孤立/政治的領域からの離脱/「制作(poiesis)」のためには不可欠な態度=制作物によって世界との接触は保たれてている。
・Solitude……孤独/私と私自身(me and myself)の対話が可能=一者のうちにある二者(two-in-one)/すべての思考において不可欠な態度/自分のなかの自己を打ち捨てることでlonelinessに転化することもある。
【メモ:追記】
〇Loneliness/Isolation/Solitudeの区別ってLabor/Work/Actionの区別に対応しているんじゃなかろうか?
読解:第Ⅲ部 4章 イデオロギーとテロル p.268-300
◆全体主義の歴史的非連続性(p.268~)
・アーレントによれば全体主義的支配は従来的な暴制・専制・独裁制といった政治的抑圧とは原理的に異なる〈国家形式〉Staatsform(p.268)であり、その特異性は全体主義における「犯罪」の概念に端的に窺うことができるという。
「殺人とは何であるかを知っている殺人者ではなく、当事者すべてが主観的には罪を感じないようなやりかたで数百万人の殺戮を組織する人口政策の専門家を罰するには、死刑も無意味である。殺されたものは政権に対し何の罪も犯しておらず、殺害者は決して〈人殺し〉の動機で行動しているのではないからだ。」(p.269)
→全体主義においては「犯罪」がその成員たちによって「犯罪」として認識されない。
・こうした全体主義の状況に対する人々の「こんなことがあってはならなかったのだ」という驚愕こそが、全体主義の歴史的非連続性を象徴しているとアーレントは指摘する。
→国家は過去の過ちに対して責任を負わなければならず、またその引き継ぎによって歴史の連続性や人間の統一性は保証される。
→責任の引き継ぎが可能になるためには、過去の過ちの動機や合目的性が現在において理解される必要があるが、「驚愕」という態度がとられるということは、それらが理解できない=責任を引き継げない=全体主義が特異であるということを意味している。
・これに対して科学(=政治学・歴史学)は全体主義を過去との比較の中や他の暴力的支配との比較によって捉えるのではなく、むしろその新規性に注目しなければならない。
→全体主義が〈真に新しく生起するもの〉(p,271)であるとするならば、歴史学の因果論的性格ではその本質を補足できず、見落としてしまうことになる。
「過去においてわれわれが政治的行動や歴史的・政治的思考の中で用いた、優れた、そしてまた偉大な伝統によって聖化された方法を以てしては、これらの出来事を理解し切ることはできない」(p.271)
◆全体主義とイデオロギー(p.271~)
・アーレントは次に非全体主義/全体主義間の法(律)の差異を〈歴史の法則〉〈自然の法〉―実定法の関連性から考える。
・非全体主義……非全体主義的社会における実定法の起源には〈歴史の法則〉や〈自然の法〉があるが、実定法それ自体はあくまで人間の外部にあり、時の移ろいともに変化はするが、より変化の激しい人間存在に相対的な安定性を与える。
〈歴史の法則〉〈自然の法〉→実定法→人間
また、従来的な法が権力者によって「恣意的に」無視される場合、それは専制になる
・全体主義……非全体主義における法律が人間に外在していたのに対し、全体主義における法律は絶えず変化する人間に内在する(と考えられている)。自然と歴史の摂理に基づいて人間が変化していくという運動過程の想定のもとに実定法が規定される。
「全体主義の法律は最初から運動法則として、一つの運動に内在する掟たることを定められている」(p.273)
〈歴史の法則〉〈自然の法〉=人間→実定法
・アーレントはこうした全体主義における法の根底にあるイデオロギーを、ドイツ=ナチ=人種主義の場合ダーウィンの進化論=〈自然の法〉、ソ連=ボリシェヴィキ政権=唯物弁証法の場合はマルクスの思想=〈歴史の法則〉に求める。
→進化論が経験的で卑俗であるのに対し、マルクス思想は伝統的である点において両者は相反しているように思えるが、双方とも人間を「超次元的な力」の運動法則の中に想定している点においては同様であると言える。
・〈自然の法〉の終焉は自然淘汰が成されなくなったとき・〈歴史の法則〉の終焉は新たな階級による闘争が起こらなくなったとき―状況が固定化したとき、とするのであれば、全体主義における殺戮は全人類を支配した後にも止むことなく運動し続けることになる。
◆全体主義とテロル(p.276~279
・アーレントはモンテスキューを参照しつつ、国家形式の本質を統治の本質と統治の原理から以下のように定義する。
「或る国家形式の本質(あるいはまた国家構造)とは、その国家がかくかくであってほかのものではない(たとえば共和国であって君主国ではない)というように規定するものであり、それに対しすべての統治の原理は、そのなかで為され得る行為を実現せしめるものだというのだ。」(p.277)
→統治の本質=国家形式の条件/統治の原理=統治の本質を駆動させるもの
ex)君主制であるための条件は君主の権力による合法的統治(統治の本質)/それを駆動させるのは人に抽んでていたいという願望、名誉の原理(統治の原理)
→モンテスキューによる定式化に倣えば、全体主義の支配の本質は自然と歴史の法則に則って行使されるテロルにあり、それは人間の営みを固定化してしまうという
・自然や歴史の法則とは必然性を持った人間を超越した法則であり、この原理に基づいて政治を行うと、人間性が政治の領域から排除され、超越的な力に完全に従属してしまうことになる。
→テロルはこうした自然と歴史の法則による圧迫を実現する力である。
「テロルは或る目的のための手段ではなく、自然的もしくは歴史的過程の絶えず必要とされる執行(エクセクツイオーン)なのだ。」(p.278)
・こうしたテロルの精神は「鉋をかければ木屑が落ちる」という諺に顕れている。→全体主義におけるテロルによって人間性あるいは実際に人間の生命が犠牲になったとしても、それは「鉋をかければ木屑が落ちる」こと、つまり必然的な自然・歴史の摂理として受け止められ、また正当化されてしまう。
◆労働―仕事―行動(p.279~)
ここで人間活動の3類型である「労働―仕事―行動」が登場しているが、それぞれの対応関係、また全体主義との関連性がいささかわかりづらいため、アーレントの主著である『人間の条件』及び本章「イデオロギーとテロル」の補足にあたる「エピローグ」での考察を参照しつつ読解することにする。
・アーレントは『人間の条件』第一章で、人間の基本的な活動―<活動的生活>vita activeを以下の3つに区分している。
・「労働 labor とは、人間の肉体の生物学的過程に対応する活動力である。人間の肉体が自然に成長し、新陳代謝を行い、そして最後には朽ち果ててしまうこの過程は、労働によって生命過程の中で生み出され消費される生活の必要物に拘束されている。そこで、労働の人間的条件は生命それ自体である。」
・「仕事 work とは、人間の存在の非自然性に対応する活動力である。人間存在は、主の永遠に続く生命循環に盲目的に付き従うところにはないし、人間が死すべき存在だという事実は、種の生命循環が永遠だということによって慰められるものでもない。」
・「活動 action とは、物あるいは事柄の介入なしに直接人と人との間で行われる唯一の活動力であり、多数性という人間の条件、すなわち、地球上に生き世界に住むのが一人の人間 man ではなく、多数の人間 men であるという事実に対応している。」 (Arendt 1958→1973 p.19-20)
・留意しておくべきは、少なくとも本書のこの部分においては<仕事>という概念そのものは登場しておらず、代わりにそれに類義する語として<製造>が用いられており、また<活動>の訳語がここでは<行動>となっているということだろう。 ※ここちょっと謎
・アーレントによれば、マルクスによって人間行動を物品製造のモデルとして捉える試みが支配的になり、またそこにおいては従来<労働>とされてきたものの中に新たな価値―<製造>が見出されるという。換言すればマルクスによって提唱された「労働」概念はアーレントによる<労働>と異なり、むしろ「一つの物品を作り出そう」とするので<仕事>的であるといえ、その点においてアーレントはマルクスが<労働>/<仕事>を混同していると批判する。
→アーレントは<仕事>―<製造>は理論上無限に遡行可能な(→功利主義のアポリア)合目的性に基づいた後世に残る物の製作であり、それは孤島のロビンソン・クルーソーでも可能だったよう、<孤立>lonelinessしていても・しているが故に達成される。一方、<行動>は他者との関わりにおいてのみなされ、<製造>によって生み出された物品とは異なり、堅牢さや一犠牲も持たない。
「この営みにおいて生ずるものは、決して一つの終焉を持たず、だからまた手段―目的関係の中で生み出された物品の堅牢さも一義性も持たない。」(p279)
→多義的な解釈―「多数性」に開かれているということ(?)
→また「エピローグ」で、<仕事>は<孤立>lonelinessした状況であっても後世に残るモノを製作する点において人間の営為の世界との接続を保っているとされている。一方、全体主義の中で謳歌された<労働>においては生存以外の目的性がなく、後世に残るモノも生み出されないため、人間の営為とは言えない。追記:これは間違い。英語版を読めばわかるがここの<孤立>はlonelinessではなくisolationの方。
※上記の謎部分
【根本的な問題】
ここで(p.279)いわれる「行動」とはactionなのか、それともpracticeなのかわからない。
→「他の人々との関連において~」の一節から単純に考えるとactionのように思えるが、『人間の条件』における労働についての考察である「共同労働においては、労働者の集団は、労働の生物学的リズムによって統合され、各人はもはや個人ではなく実際に他のすべての人たちと一つになっていると感じるようになる。」(Arendt 1958→1973 p.341)を加味するとactionではない=practiceとも解釈でき、また実際に本書中でも「エピローグ」(p319)では「行動」を“praxis”とし、<労働>と並置されたうえで<製作>との差異を考察している記述がある。
【副次的な問題】
「行動」は①laborに相対するactionなのか、それとも②laborと近似する概念practiceなのかによって解釈が180度変化してしまう。
①ならば<労働><仕事>/<行動>(3類型を概念整理する意図)と読め、②ならば<労働>―<行動>/<仕事>としているのか(両者を混同したマルクス批判の意図)と読める。上述の通り、本レジュメでは前者として読解した。
→また、p.279の最後の一文「行動においては手段は目的を設定し~」も意味がわからなかった。おそらく<行動>と<製造>―<仕事>における手段―目的の関係性との差異が語られていると思うのだが、そうだとしても①でも(actionとの差異)②でも(practiceとの差異)解釈できてしまう。
・<行動>が例の3類型とは異なる概念?
・<行動>=behavior?
・本書の時点ではアーレントの中でまだ3類型が精緻化されていない?
※追記
○英語版の該当箇所(p.475):"Fabrication (poiesis;the making of things), as distinguished from action (praxsis) on one hand and sheer labor on the other, no matter whether the result is a piece of craftsmanship or of art."とあるので、工作(仕事)/活動/労働の区分はされている
→"praxsis"の訳語がaction/<行動>っぽい
※追記の追記
○森川輝一『始まりのアーレント』(2010)によれば、英語版初版では全体主義を支えていた人々が「制作する人間」fomo faberとして描かれていたのに対して、2版以降では「労働する動物」animal labransとして捉えられている。
→Ⅲ部4章は2版以降に追加された章のため、行動/制作(仕事)/労働は峻別されている(はず)。
◆テロルの鉄の箍(p.280~)
・まず、ここでアーレントは法が人間を制約するものではなく、むしろ人間の自由を保証するものであるという前提に立つ。
「この新しい始まりを法律の垣は囲い込み、それと同時にこの新しい始まりに自由を保証し、その中でのみ自由が保証される空間を作ってやる。」(p.280)
→そして全ての暴力支配はこの法の垣を破壊しようと試みるのであるが、専制が単に垣を壊す―無法状態で満足するのに対し、全体主義はそれに加え、さらに個々人の間に鉄の箍を作り上げ、主体間のあらゆる空間―「専制における孤絶と相互不信の砂漠」さえも消失させる。
→そして箍は人々をあたかも巨大な一人の個人であるかのように形作り、歴史の法則や自然の法に則ってその巨大な一人を動かすという。
◆全体主義の<原理>(p.281~)
・「未完成の」全体主義における国家形式を駆動させるもの―人民の行為の<原理>は、専制と同じく「恐怖」である。
→しかし、「完成された」全体主義(それは未だ史上存在したことはないが)においてはそうした<原理>は不要となる。専制における「砂漠」でも最小限の人間性―相互不信や恐怖によって人民の行為はなされ、国家を駆動する<原理>となっているが、(完成された)全体主義においては人間から完全に独立した歴史・自然の運動法則によってテロルが執行されるため、<原理>は不要であることになる。
・こうした歴史や自然の運動法則は、今日それに則ってテロルを執行する側の人間も、明日には「劣等人種」や「死滅する階級」としてテロルを執行される側の人間になり得る可能性を常に準備する。
→全体主義においてこの「準備」はイデオロギーによってなされ、支配者/被支配者、執行者/犠牲者といった関係性を問わず等しく適用される点において<原理>とは異なる。